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2008年6月 1日 (日)

【神楽舞】第2話

Kaguramai_2
最初から

第2話 前原圭一の憂鬱

 

 

終了の声がかかり、俺は最後にざっと解答用紙に目を通してから席を立った。

帰り支度をした生徒たちは裏にした解答用紙を教壇に置くと、無言のまま教室を出る。

特進コースの生徒達にとってそれはいつものことで、かく言う俺もその例に漏れない。

ライバルでしかないやつらとなにを話せばいいのかわからないし、くだらないことを話して時間を潰すくらいなら英単語のひとつでも覚えた方がよほど有意義だ。

廊下を歩いていると、一般クラスの教室には授業を終えた生徒たちが楽しそうにお喋りをしている。

……その中には、中学の同じクラスで見かける顔もあった。

俺は望むならこのまま開け放たれた扉をくぐって、そのお喋りの輪に入っていくこともできるだろうが、それはしない。そうしたいとさえ思わない。

もう何年もの間その可能性を黙殺しているのだから、いまさら苦痛でもなんでもない。

中学に入って約1ヶ月、俺の生活はランドセルを背負っていた頃と何も変わらない。

教室に挨拶やちょっとした言葉を交わす奴は何人かいるけど、それだけだ。

あいつらは友達でも仲間でもないし、向こうだって俺のことをなんとも思っちゃいないだろう。

ただのクラスメイト。

部活もやってないし、放課後はさっさと塾に向かう、顔に似合わないガリ勉野郎。

……ふん、まぁいいさ。

あいつらの見る目もテストが返ってくる頃には変わってくる。

学校のテストでいい点をとるなんて簡単なことだ。

特進クラスはほとんどの教科ですでに2年生の内容を進めている。

目指す場所が違うんだから、進み方も違って当然だ。

奴等も、なんでもないような顔をしながら学年で一桁台の順位を確認する俺を見て、俺が自分たちとは明らかに違う場所にいる人間だと悟るんだ。

小学校でもみんなそうだった。3,4年生頃まではよく一緒に遊んでいた、仲の良かった連中だってすこしずつ遠巻きに俺を見るようになっていった。

ただ人より勉強ができる、それだけのことで俺から離れていった。

そんな奴等は、仲間じゃない。

「今日は暑いな……」

舌打ちをしながら塾を出て、単語カードを片手でめくりながら駅前通りを歩く。

親父とお袋は今日も仕事で帰れるかどうかわからないようなことを言ってたから、いまから家に帰っても食事にはありつけないだろう。別に食べたくもないし、そういうときのために金はそれなりに渡されてるから、そこらですませてしまおう。

そう決めて、俺は昼下がりの喫茶店に入り奥のテーブルで参考書を広げると、やってきたウェイターに軽食を注文した。

問題用紙をチェックして、まずまずの出来であることを確認。解法や計算にミスがないかをもう一度念入りに洗ってみる。

と、斜め前の席にふうふう言いながら髪の長い小さな女の子が座るのが見えた。

手荷物というにはすこし大きなバッグを抱えているところから見て、旅行者だろうか?

こんな住宅街に旅行者っていうのも珍しいけど、考えてみれば世間ではちょうどゴールデンウィークに入ったところだから、このへんの知り合いの家にやってきた……とかならおかしくもない。でも、あのくらいの年の頃にしては保護者がいないのはすこし不自然か。

だいぶ疲れ気味なのか、いまにもテーブルに突っ伏しそうだ。

あの様子じゃ、よっぽど遠くから旅して来たんだろう。

……お疲れさん。

サンドイッチ片手に、ノートにペンを走らせながらときどきそちらの席に目をやる。

後ろ姿だから顔はわからないけど、注文で戸惑ったり、出てきた料理を興味深そうに眺めてる様子がありありとわかって、すこし和んだ。

俺も、あのくらいの頃は普通の子供だったな……なんてノスタルジックな気分に浸る。

それから練習問題を何ページかやり終えた頃には、さっきの女の子の姿はもう、その席になかった。

会計を済ませて、まだ家に帰るにはすこし早い時間だったので図書館に寄る。

試験に出そうな文学作品集を2冊ほど選んで借りることにした。ポイントになりそうなところしか読まないのはもったいない気がするけど、それもテクニックだと言われれば仕方ない。

帰り道、閉まる寸前のスーパーで夜食用のカップラーメンを1つ買うことにする。

たまには目先を変えようかと悩んだけど、悩む時間ももったいないので結局は定番の豚骨ショウガ味。

部屋に戻ると案の定、親父たちは帰っていなかった。

誰もいないのにただいまというのもばかばかしくて、無言のままさっさと自分の部屋に引っ込むと上着や鞄を放り出してベッドに倒れ込んだ。

……特別なことはなにもない、代わり映えのない休日。

体も心もちっとも休めた気はしないけど、そんなのは何年か先で構わない。

俺は特別なんだから。

他の奴等とは違うんだから。

そう言い聞かせて重い体を引きずり、机に向かう自分がどこかずれていることには気づいてる。気づいてるけど、ほかにどうしようもない。

親父もお袋も、成績がいいっていう一点でしか俺を評価してくれないし、学校の先生も、塾の講師も、まわりの連中もみんなそうだ。

ほかに俺には何一つ他人に誇れるものがない。

だから、それをするしかないんだ。

今日も。明日も。ずっと。

昨日やりかけだった問題集を開いて、シャーペンを握る。

退屈な問題文を一度頭の中で組み替えると、自然にわかりやすくまとまっていく。

あとはテクニックとして身につけた、一番効率のいいやり方で答えの辻褄を合わせる。

勉強なんて解き方がわかってしまえばパズルと一緒で、興奮なんて与えてくれない。

俺がどんなに面白い解き方を編み出しても、教科書のそれと違っていればよくて三角しかもらえない。

結局どいつもこいつも見るのは点数、結果だけなんだ。

こんな創造性のかけらもない、つまらないことばかりを積み上げていい学校に入って、そういう奴等がエリートになるんだから、そりゃあ世の中面白くなるはずがない。

だからといって俺がそれを変えてやるなんて大それた野望ももっちゃいないし、勉強が楽しくてやってるわけでもない。

ほかにすることがないから、してるだけ。

「……すこし、休むか」

シャーペンをノートの上に転がして、身体を軽く伸ばす。

ドアの向こうで物音がしてるからいつの間にか親父たちも帰ってきたらしい。

俺の勉強を邪魔したくないからと、いつからかただいまの声もかけなくなった。

だから俺もおかえりとは言わなくなった。

あとはせいぜい時間を見計らって風呂に入るようにとのお達しがあるくらいだろう。

親父もお袋も俺の成績以外には興味ないし、俺も話題にできるのはそれだけだから、普段の生活では干渉しあわないほうが楽なのだ。

家族なんていっても、そこには信頼関係なんてありゃしない。

しょせん、利害関係だけ。

子供である俺の価値なんて、どこの学校に入れるか、どこの会社に入れるかで決まる。

エリートと呼ばれるような職についたら、両親はきっと感激するんだろう。

ああ、自分たちの教育は間違っていなかったってな。

……それは全部、俺の努力なのに。

「はっ……」

子供じみた鬱屈を持てあまして、自分自身を鼻で笑う。

引き出しの奥から、エアガンを取り出してバルコニーに出る。

さすがにこの時間になると外気は頬に冷たかった。

トリガーに指をかけて、眠らない街の夜景を銃口でなぞっていく。

本当になにかを撃ちたいなんて思ったことはない。

空き缶を撃ってみたり、電線にとまってるカラスを狙ってみたりはしたこともあるけど、別に何かを壊さなくても満足できることを知ってからはご無沙汰だ。

……そう、むしろ実際には撃たないのが一番面白い。

たとえば、何も知らずに歩いている通行人に銃口を向ける。

狙った本人や、偶然外を見ていた誰かに気づかれれば、どんな騒ぎになるだろう。

そんな想像をしながら、弾が出るか出ないかぎりぎりまでトリガーを絞り込む。

それが一番、スリルのある遊び方だった。

もし力加減を間違えて誰かに当ててしまったら、警察に捕まるんだろうか?

ははは、親父やお袋もきっとあわてふためくだろうな。

自分たちの教育が間違っていたのだろうか、なんて悩むかもしれない。

ざまぁないな、それ。

くすくすと笑いながら、おぼつかない足取りで歩く小さな人影を銃口で追いかける。

……ふと、その人影が街灯の下で足を止めて、……顔を、上げた。

瞬間、十数メートルは先にいるだろうその子と目が合った気がした。

……ヤバイ、顔を、見られた!?

刹那の狼狽が、あやうい均衡で保たれていた指を押し込ませる。

あっと思ったときには、カシュンという軽い音とともにリアリティのない反動が手に伝わってきていた。

この距離だというのに、その子が発した小さな悲鳴はやけに鮮明に俺の耳に届いていた。

「……あ、当たった、のか!?」

そんな馬鹿な。

この距離で当たるわけがない。

そう思いはしても、事実さっきの人影は街灯の下でうずくまって、顔を押さえているのがわかる。

怪我、したのか……!?

心臓がうるさいくらいに騒ぎ立てる。

落ち着け、焦るな、クールになれ、前原圭一……!

当たったところで、この距離のBB弾じゃあとに残るような怪我にはなりゃしないさ。

……運悪く、目に当たったりでもしない限りは。

この距離だぞ、俺の顔なんかわかるもんか。しらばっくれてしまえばいい。

……いや、さっき、絶対に目が合った。

位置的に、このバルコニーだってばれればわかっちまう。

馬鹿、そんなこと問題じゃないだろ。

……そうだ、問題は。

俺はエアガンを投げ捨てると、バルコニーを越えて雨樋を掴みながら2階程度の高さまで滑り下り、壁を蹴って地面へと着地した。

衝撃で足に痺れがくるし、雨樋でひっかけた手も痛いけど、いまはそれどころじゃない。

そのままマンションの敷地から駆け出して、街灯の下へと向かった。

うずくまるのは、髪の長い少女。

どこかで見かけたような気がしたけど、とっさには思いつかない。

尻餅をついた姿勢のまま顔の右半分を両手で押さえて痛みに呻いている。

「だ、……大丈夫か!」

「っ……うっ、く……」

呼びかけたけど、少女は痛みに顔をしかめて無事なほうの目からぼろぼろと涙をこぼし、あえぐように苦しげな吐息を漏らすばかりで答えない。

「ご、ごめん! その、俺、わざとじゃ、なくて……ああそれより、救急車! 救急車、呼んでくる! ここじゃ危ないから、そっちに!」

それでも答えない少女を抱きかかえると、道の端に寄せて壁に寄りかからせる。

少女の手荷物らしいバッグも拾って、傍らに置いた。

「救急車、呼んでくるから! 待っててくれ!」

半ばパニックに陥りかけている自分を感じながら、マンションに駆け戻り3階に上がる。

自宅のチャイムを鳴らして、お袋が出るのをもどかしく待った。

「あら、圭一。あんた、いつの間に外に出たの?」

玄関を開けるなりのんきに聞いてくるお袋に、

「救急車呼んでくれ! マンションの前に! 女の子が、目を怪我したかもしれない!」

「え、ええ? どうしたの、いったい……」

慌てきった俺の言葉をうまく読みとれず、お袋は戸惑っているばかり。

「もういいよ!」

俺はお袋を押しのけると、電話に飛びついていた。  

 

次回に続く

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<雑談>

突然視点が変わりましたが、神楽舞では語り手はちょくちょく交代します。というのも夢閉しや時明しを書いていて一人の視点だけで進めるのに限界を感じたので、時明しの終盤ではちょっとだけ視点変更を入れてみたら結構書けそうだと思ったのでこういう形式を取り入れました。でも、鬱屈しまくりの圭一の心情を出したいばかりに単調な文章になってますね。あと、羽入とか沙都子とか悟史とかを語り手にするとやたら難しい気がします。原作で語り手担当してる圭一、詩音、レナ、梨花は比較的書きやすいかもしれません。
実際に圭一が通り魔と化すのは一年近く先のはずなので、このお話の時点での圭一はまだそこまで追い詰められてませんし、そういう意味では梨花に当ててしまったのは事故といえば事故です。とはいえ性格はすでに相当歪んでしまってるわけですが……。

プロローグ及び第1話にコメントをいただきました。ありがとうございます。

影法師さん
・お久しぶりです。相変わらず内容の薄い話で呆れられていると思われます。つまらないと感じたらスルーなさってくださいね。

web拍手をいただきました皆様、ありがとうございます。

(5月30日)
23:39 ひぐらし好きなんで、またおもしろい話お願いします☆

私もひぐらし大好きです。おもしろいと言っていただけるかはわかりませんが、まずは自分がおもしろいと思えるようなものを書けることを目指すつもりです。同じくひぐらしのお好きな方にとってもおもしろかったら、とても嬉しいです!

(5月31日)
19:34 良い話ですね。執筆頑張って下さい☆

ありがとうございます。良い話だと自信をもって言えるものはなかなか書けない自分の非才ぶりを恥じつつも、そう言ってくださる方がいることは確実に救いになっています。頑張ります!

非公開のメッセージをいただきました皆様、もちろんボタンを押してくださった全ての皆様、改めてありがとうございます。いつも次の展開を考える際の励みになっています。

たまたまとある方のオリスクに触れまして、こう……同じひぐらしのIFという題材を扱っていても書く人が書けばこうも広がりと躍動感のあるストーリーになるのか!と格の違いをまざまざと思い知りましたよ。以前から思っていることですが、本当にネットにはどこに神様がいるかわかりません。それほどの名作をうちの駄文と比較することそのものが不遜なのはわかってますが……やっぱり凹みますね。読み手としては、素晴らしいお話に巡り合えることは喜びなんですが……。

でわわ。

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コメント

どうも、ポストマンです。
今回読ませていただいた神楽舞は、かなりシリアスな感じですね。
かつての罪を犯さずに暮らしていた圭一が、古手梨花に向けて発砲・負傷させたならば、この後の圭一はどうするのか?
今回も見逃せない展開ですね。
どうか頑張ってください。

投稿: ポストマン | 2008年6月 1日 (日) 14:34

先の読めない展開になってきました。この先がとても気になります。できれぱ早めに続きをお願いします。

投稿: 月牙 | 2008年6月 2日 (月) 00:50

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